【雑感雑文】マイホームと領土問題

どうしてみんな家を欲しがるのだろう。

どうして家を「所有」することを前提にしているのだろう。

・・・。

私。

やっと分かったんです。というか知らなかったんです。

先日出版された橘玲氏の『日本人というリスク』(講談社プラスアルファ文庫)を読んでいたら、答えがそのまま書いてありました。

 
人が家を欲しがるのは、ヒューマン・ユニバーサルズ、つまり「本能」である、と。

家が欲しいから欲しいんです。理由なんてなかったんです。この欲求のベースとなっているのは「なわばり」を持とうとする本能です。

多くの生き物にとって、主に食料獲得のためでしょうが、なわばりを持つことが遺伝子に組み込まれているんですね。逆に言うと、なわばりを持たない種は淘汰されてきたのでしょう。

だからこそ、なわばりだからこそ、「所有」の形をとるんですね。ライオンがなわばりを共有したり貸し借りしているなんて聞いたことがありません。



領土問題も本質的に同じことかもしれません。

主権国家は、なわばりを持とうとする人間の集合体ですから、やっぱりなわばりを持とうとするのでしょう。そこに合理的な理由はないかもしれません。漁業権や資源は後からついてくる話であって、まず領土を保持することが先にあるのではないでしょうか。多くの国民は領土を切り売りすることに抵抗を感じるでしょう。(日本に限らず、たとえばギリシアの人々も、国家の借金の肩代わりに領土である島を他国に売ることなどしないでしょう。)

グローバル企業の経営者は、全世界がなわばりだと考えるでしょうから、特定の場所にこだわらないかもしれません。仮に「○○(某所)なんて●●(某国)にあげちゃえ!」などという言説があったとしても、それは彼らが売国奴だからなのではなくて、主権国家の領域に拘束されずに事業展開できるからこそ、領土にこだわらないのではないでしょうか。(だからといって受け入れられる言説かどうかは別問題でしょうけれど)



マイホームにせよ領土問題にせよ、これらが人間の本能に根ざしているならば、人心の琴線に触れるテーマであることは想像に難くありません。言い換えると、合理的な説明がしにくい分野なのかもしれません。

それゆえに「論理」ではなく「力」によって決着がつけられてきた。マイホームならば「経済力」、領土問題ならば「軍事力」という具合に。

・・・。

話しが拡散してきてしまいましたね。この辺でやめておきます。キレがよくないですが。

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コメント

ゾッとしました…

「本能なのだ。つまり合理的な説明はできない」「だから【力】による解決が図られてきた」

最初に読んだ時は「へーなるほどねー」と構えていたんですが、一晩経って「それ、結構怖い事だよね?」という考えがムクムク育ってきました…。

家、領土、ナワバリを「所有したがる事」が「本能」というのはスッと入ってきます。ああなるほど、と。次に「本能なんだ」と「だから突き詰めると合理的な理由はない」というのもきれいにつながります。

ゾッとしたのは次です。「合理的な理由がない」から「力による解決」にはしる。

コレ、確かに真理なんですよね。

力による解決とは「合理的な理由を基に互いが理解しあって、交渉して、折り合いのつく範囲を探る」方法と真っ向から対立する方法ですよね。そして、「合理的でない」がゆえに「力を用いるもやむなし(説明できないんだし、理解もされないんだし)」と判断できてしまう…。

うう~ん、怖い。この内容を「納得できてしまう自分」が怖いです。

マイホームという領土への誘惑…そして、その為の「力をふるうという選択肢」(普通はローンですよね)を選ぶ人間のバイアス…意識しておきます。

No title

>モ人SYO-GOさん

あまり深刻に考えなくても大丈夫だと思います。というのは、獣ならいざ知らず、人間であれば「損得勘定」が働くからです。本能的な欲求に理由がなくても、経済合理性を考えることはできるはずですし、実際そうしていると思います。(とはいえ消費者金融のCFで「ご利用は計画的に」という文言は論理的に矛盾していると思いますが)

マイホームについてはローンの返済能力を、領土に関しては武力衝突で失うものを、それぞれ考えればよいと思います。ただ、合理的に生きることは、ときとしてとてもつまらないものです。正解はないんですよ、きっと。

最終的には「ちからわざ」になってしまうので、マイホームについてはともかく、領土についてはあまりあおらない方がよいのでは、というのが個人的な感想です。

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